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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)12536号 判決 1984年11月28日

原告 株式会社総合行政調査会地方人事調査所

右代表者代表取締役 光武弘

右訴訟代理人弁護士 矢代操

九九一六号~一二五三六号事件被告 先﨑利一

<ほか七名>

被告ら訴訟代理人弁護士 安藤裕規

同 安藤ヨイ子

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告先﨑利一(以下、被告先﨑という。)、同石井仙一(以下、被告石井という。)及び同先﨑勇は原告に対し、連帯して金四八二万七六四五円及びこれに対する昭和五七年一〇月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  被告西牧煜(以下、被告西牧という。)は原告に対し、金四八二万七六四五円及びこれに対する昭和五七年一〇月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  被告安田美和(以下、被告安田という。)及び同大滝則子(以下、被告大滝という。)は原告に対し、連帯して金四八二万七六四五円及びこれに対する昭和五七年一〇月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

4  被告遠藤豊(以下、被告遠藤という。)及び同佐々木松男(以下、被告佐々木という。)は原告に対し、連帯して金四八二万七六四五円及びこれに対する昭和五七年一〇月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、戦没者、遺族等の各種名鑑の予約出版を業とする株式会社である。

2  原告と被告先﨑、同西牧、同安田及び同遠藤とは、それぞれ以下のとおり、いずれも原告の業務を三年間継続的に取扱う旨の特約店契約を締結した。

(一) 被告先﨑

契約年月日 昭和五四年五月二一日

営業地域 宮城県及びその近県一円

(二) 被告西牧

契約年月日 昭和五四年五月二一日

営業地域 福島県一円

(三) 被告安田

契約年月日 昭和五六年一月一九日

営業地域 宮城県一円

(四) 被告遠藤

契約年月日 昭和五六年一月一九日

営業地域 宮城県一円

3  右各契約において、原告と各被告は以下のことを約した。

(一) 競業避止義務

(イ) 被告が、契約の存続期間内において、原告の同業者の営業を取扱い又はこれに類似した営業を兼ねることを禁止する。

(ロ) 被告が、契約存続期間終了後六か月間は、原告の同業者に転職し又は直接、間接を問わずその営業を取扱うことを禁止する。

(二) 転職勧誘避止義務

被告は、契約の存続期間内において、自ら又は第三者を通じ、代理店又は他の代理店、特約店に対し、原告の同業者に独立開業又は転職等をさせるようにそそのかし、勧誘し、又は代理店若しくは他の代理店、特約店のするそれらのそそのかし、勧誘行為に関与してはならない。

(三) 守秘義務

被告は、原告の営業上の秘密を第三者に漏洩してはならない。原告は右の営業上の秘密を指定し、被告に告知することができる。

(四) 解約の効果発生時期

(イ) 被告は、原告の同業者又はこれに類した営業者に被傭され若しくはこれらの営業を自ら行う場合を除いて、この契約を中途解約することができる。

(ロ) 右の場合、被告は解約申入書を原告及び代理店に対しそれぞれ提出しなければならない。

(ハ) 被告が右の解約申入書を提出した日から一二〇日を経過した日に中途解約の効果が生ずる。

(五) 違約金の定め

(イ) 被告が前記(一)(イ)に違反したときは、被告は、違反した日の前日より向う一か年間の原告の業務に従事した他の特約店の地位で稼働した第一位から第五位までの稼働高の平均一名分に対する四か月分の報酬(源泉徴収税、外務員控除額を含む全報酬額)に相当する違約金を、違反発覚日より一二〇日以内に原告に対して支払わなければならない。

(ロ) 被告が前記(一)(ロ)に違反したとき、被告は、退職した日の前月より向う一か年の平均報酬を右(イ)の平均計算方法により算出した一か月分報酬(源泉徴収税、外務員控除額を含む全報酬額)に相当する金額に対し、違反した期間を月数に換算した数値を乗じた違約金を違反発覚日より一二〇日以内に原告に対して支払わなければならない。

(ハ) 被告が前記(二)又は(三)に違反したとき、被告は、右(イ)の平均計算方法により算出した一か年分報酬に相当する違約金を、違反発覚日より一二〇日以内に原告に対して支払わなければならない。

4  被告先﨑の違反行為

被告先﨑は、原告に対し解約申入書を昭和五七年一月二六日に提出したので、右3項(四)(ハ)の約定により同年五月二六日に中途解約の効果が発生したが、同被告は、次のような前記約定に違反する行為をした。

(一) 昭和五七年四月初め頃以前に、原告と同業者である訴外株式会社自治産業調査会(以下、訴外会社という。)の営業を取扱った。

(二) 昭和五七年四月初め頃以前に、自ら又は被告西牧を通じて、原告の特約店草野宏、同若槻崇夫及び同高橋信百合に対して、それぞれ右訴外会社に転職をさせるように、そそのかし、勧誘した。

(三) 業務上知りえた原告の営業上の秘密である原告の受注未開拓地域を右訴外会社に漏洩し、自らも該地域で受注して歩き、原告作成の注文者との契約書、領収書、宣伝チラシ等の原告のノウ・ハウをも窃用し、原告の名鑑の前付け等を窃用して原告の編集著作権を侵害した。

5  被告西牧の違反行為

被告西牧は、契約存続期間中であるにもかかわらず、原告に対し解約申入もせずに原告の業務を昭和五七年五月二二日で打切ってしまったが、同被告は、次のような前記約定に違反する行為をした。

(一) 昭和五七年四月初め頃以前に、訴外会社の営業を取扱った。

(二) 昭和五七年四月初め頃以前に、自ら原告の特約店である前記草野、若槻及び高橋に対し、それぞれ右訴外会社に転職をさせるようにそそのかし、勧誘した。

(三) 被告先﨑についての4項(三)と同じ行為をした(守秘義務違反)。

6  被告安田の違反行為

被告安田は、解約申入書を昭和五七年一月二六日に提出したので、前記約定((四)(ハ))により、同年五月二六日に中途解約の効果が発生したが、同被告は、次のような前記約定に違反する行為をした。

(一) 昭和五七年四月頃以前から訴外会社の営業を取扱って今日に至っている。

(二) 被告先﨑についての4項(三)と同じ行為をした(守秘義務違反)。

7  被告遠藤の違反行為

被告遠藤は、解約申入書を昭和五七年一月二六日に提出したので、前記約定((四)(ハ))により同年五月二六日に中途解約の効果が発生したが、同被告は、次のような前記約定に違反する行為をした。

(一) 昭和五七年四月頃以前から、訴外会社の営業を取扱って今日に至っている。

(二) 被告先﨑についての4項(三)と同じ行為をした(守秘義務違反)。

8  被告らが違反した日の前月はいずれも昭和五七年三月であり、それ以前一年間の他の特約店の地位で稼働した者の第一位から第五位までの報酬は次のとおりである。

被告西牧 七二一万三二五〇円

高橋信百合 四四〇万七四七五円

小沢恵 四二二万三二五〇円

三俣利夫 四一八万七〇〇〇円

草野宏 四一〇万七二五〇円

合計 二四一三万八二二五円

したがって、右五名の稼働高の平均一名分に対する一か年分の報酬は四八二万七六四五円となる。

そして、被告らは、いずれも守秘義務に違反し、また被告先﨑及び同西牧はそのほかに転職勧誘避止義務に違反しているから、それぞれ右四八二万七六四五円の違約金を支払う義務がある。

仮に右の違反が認められないとしても、被告らはいずれも競業避止義務にも違反しているから、前記計算方法に従って算出した違約金を支払う義務がある。

なお、違反行為が発覚したのは被告先﨑、同西牧については昭和五七年六月二三日、被告安田、同遠藤については同月二四日であり、被告らは前記約定により右発覚日から一二〇日以内に右違約金を支払わなければならない。

9  被告石井、同先﨑勇は、昭和五七年一月一一日、被告先﨑の身元保証人となった。

被告大滝は、昭和五六年一月二〇日、被告安田の身元保証人となった。

被告佐々木は、昭和五六年一月一九日、被告遠藤の身元保証人となった。

10  よって、原告は被告らに対し、次の金員の支払を請求する。

(一) 被告先﨑、同石井及び同先﨑勇に対し、連帯して四八二万七六四五円及びこれに対する違反発覚日から一二〇日以上を経過した昭和五七年一〇月二五日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(二) 被告西牧に対し、四八二万七六四五円及びこれに対する違反発覚日から一二〇日以上を経過した昭和五七年一〇月二六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(三) 被告安田及び同大滝に対し、連帯して四八二万七六四五円及びこれに対する違反発覚日から一二〇日以上を経過した昭和五七年一〇月二六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(四) 被告遠藤及び同佐々木に対し、連帯して四八二万七六四五円及びこれに対する違反発覚日から一二〇日以上を経過した昭和五七年一〇月二六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

二  請求原因に対する被告らの答弁

1  請求原因1項は認める。

2  同2項は認める。但し、被告西牧の契約締結日は昭和五五年七月七日であり、また、原告と被告らとの間の契約はいわゆる特約店契約ではなく、雇傭契約ないし雇傭契約に近似する契約である。

3  同3項については、原告と被告らとの間の契約書に原告主張のような契約条項が存することは認める。

4  同4項ないし7項のうち、被告先﨑、同安田及び同遠藤が昭和五七年一月二六日に解約申入書を原告に提出したこと(なお、被告西牧も同年一月末日に解約申入書を提出している。)、被告らが訴外会社の仕事をしていること(但し、その時期は昭和五七年六月初め頃からである。)は認めるが、その余の事実は否認する。

(一) 本件契約の合意解約

原告と被告らとの間の本件契約は、いずれも昭和五七年一月二六日に合意により解約されたものである。その事情は次のとおりである。

原告は、地区別に支部を設けており、被告らは藤沼公一が支部長をしている藤沼支部に所属し、藤沼は原告の代理店となって福島県、宮城県を営業地域としていた。

被告らは、支部長補佐であり福島県の責任者的立場にあった被告先﨑の指導のもとに業務を遂行していたが、昭和五六年一月頃に至り、藤沼支部長と被告先﨑との間がうまくいかず、被告先﨑は支部長補佐を解任された。更に原告は、昭和五七年一月頃に至り、被告先﨑及び同被告のもとで働いていた特約店(被告西牧、同安田及び同遠藤を含む。)に対し、宮城県を営業地域として先﨑支部を結成することを求め、その条件として、昭和五七年一月一日から同年二月二〇日までに被告先﨑はじめ先﨑支部擁立者の総合受注数が四〇〇件を超えること、これが達成できなかったときは先﨑支部は資格を失い、原告と被告先﨑とは特約店契約を解除すること等を求めてきた。

しかし、右期間内に四〇〇件の受注を達成することはとうてい不可能であったため、被告らは原告と折衝を重ねたが折合いがつかず、やむなく同年一月二六日、被告らは原告に対し特約店をやめることを申し出て、原告もこれを了承した。

以上の次第であって、本件契約は合意により解約されたものであり、被告らが一方的に解約を申入れたものではない。

(二) 転職勧誘避止義務違反について

被告先﨑及び同西牧は、訴外草野らに対し、従前の同僚として、今どのような仕事をしているかというような話をして、その中で被告先﨑が自分の仕事として訴外会社の話をしたことはあるが、その程度の話にとどまり、特に転職を勧誘したという程のものではない。

現に勧誘されたという草野らは、被告らとの話の後にも原告に引続き勤めていたものであり、この事実こそ被告先﨑の話が勧誘という程のものではなかったことを物語るものである。

仮に勧誘があったとしても、言葉だけで労働条件の優劣の話をするだけであったならば、正常な競争の範囲内のことであり、何ら違法性を有するものではないから、転職勧誘避止義務違反には該当しない。

(三) 守秘義務違反について

原告は、契約条項に定められた「営業上の秘密の指定」をしたことはなく、被告らにこれを告知したこともない。

また、被告らの仕事の内容は、戦没者遺族からの取材及び本の受注であり、何ら特別の才能、技術を要するものではない。まして、原告主張のようなノウ・ハウなど全く存しない。

なお、訴外会社の名鑑は、被告らが原告を退職する前から発行されており、被告らが原告の仕事をすることにより知りえたノウ・ハウを転用する余地など全く存しなかった。

更に、受注未開拓地域に関する事実及び情報は、遺族会の役員宅を訪ねればすぐに判明することであり、簡単に誰でも入手しうるものであって、法的保護を加える程のものではない。

5  同8項は知らない。

6  同9項のうち、被告石井及び同先﨑勇については否認し、その余の被告らについては認める。

三  被告らの抗弁

1  前記のとおり、原告と被告らとの間の契約は合意解約されたものであるところ、原告主張の競業避止義務違反についての約定は一方的解約の場合を前提とするものであるから、本件においては右義務違反の問題は生じない。

また、被告らの解約申入は前記のとおり原告の責に帰すべき事由により行われたものであり、原告もこれに同意したのであるから、被告らは競業避止義務を負わない。

2  解約申入の制限についての約定並びに競業避止義務違反及び転職勧誘避止義務違反による違約金の支払についての約定は、信義誠実の原則及び公序良俗に反し無効である。

(一) 原告と被告らとの間の法律関係は雇傭契約であり、少なくとも雇傭契約的性格が非常に濃厚な契約である。

すなわち、原告の業務は、本社、支部(代理店)、特約店(外務調査員)が一体として遂行する組織形態となっており、代理店及び外務調査員が顧客を訪問して取材し、本社の社員が書籍を編集、発行し、代理店及び外務調査員がこれを顧客に配本して集金するという方法で業務を行うものである。そして本社は、集金された金員の一定割合を報奨金として外務調査員、支部長に支払う。

外務調査員である被告らは、支部長の支配下に入り、支部長が時期毎に決定した取材地域に入り、そこで戦没者遺族の家を訪問し、その家の由来、本人の戦歴等を聴取してメモし、写真を受取り、本の予約注文をとることを業務としている。

被告らは、朝九時頃に指定された場所に集り、前日に受注した分の原稿、写真、申込金を調査日報とともに支部長に渡し、調査日報に決裁印を受ける。それとともに、その日の活動範囲等の打合せを行い、外務調査員は個別に取材、受注活動を行う。夕方八時頃には訪問活動を終了し、自宅又は宿舎で取材してきた内容を原稿に作り上げ、調査日報を作成し、金銭の整理を行う。被告らはこのような日課を毎日繰り返しているものであり、支部長は各外務調査員の出勤、欠勤、奨励金の有無、ランク付けを行って本社に報告していた。原稿の形式、仕事の方式等をも全て支部長を介して原告に管理されていた。

以上のとおり、被告らは店舗等の営業手段を何ら有せず、原告の営業方針に則り、支部長の支配、管理のもとで取材、受注活動を行ってきたものであり、支部長を通じて原告との間に支配、従属の関係にあったものであって、営業主体としての独立性、独自性は欠如していた。

(二) 被告らの仕事の内容は、右のとおり何ら特別の才能、技術を要するものではなく、まして原告が主張するようなノウ・ハウなど全く存しない。また、原告は秘密の指定、告知をしておらず、被告らは業務上、技術上の秘密に接する立場にはなかったものである。

本件契約においては中途解約について解約申入後一二〇日後に解約の効果が発生するものとされているが、これは不当に被用者を拘束するものであり、これを正当化する合理的理由はない。原告は、新聞による募集広告によって容易に外務調査員を募集することができ、外務調査員については先輩による二、三日間の同行指導と本社における一日の講話により一人前の取材、受注ができるようになるから、何ら中途解約の効果を一二〇日間も遷延させる必要はない。

また、何らの営業手段もなく、雇傭されて初めて生活手段を獲得できる被用者である被告らに対し、退職後六か月間、転職について制限を設ける合理的理由もない。

(三) したがって、少なくとも雇傭契約の実体を有する本件のような法律関係にあっては、労働基準法一四条(契約期間)及び同法一六条(賠償予定の禁止)の趣旨に照らし、解約申入の制限についての約定並びに競業避止義務違反及び転職勧誘避止義務違反による違約金についての約定は、信義則及び公序良俗に反し無効であると解すべきである。

3  仮に右各約定が有効であるとしても、これらの約定は限定的に解すべきであり、被用者たる者がその契約上の地位からいって業務上、技術上の秘密に接する立場にあったときにだけ適用されると解すべきである。

被用者の競業避止義務をあまり広く認めると、被用者の経済的、社会的活動を不当に妨げることになるから、合理的範囲内でこれを認めるべきであり、雇傭関係終了後のこのような特約は、当該雇傭が得意先や営業上の秘密を知らせるものであり、被用者がそれを濫用することによって使用者に重大な不利益を与えるものである場合に限って許されるものであって、その期間、地域及び対象についても相当な限定がされなければならない。

被告らは、前記のとおり、何ら業務上、技術上の秘密に接する立場にはなかったのであるから、被告らにはこれらの約定は適用されないと解すべきである。

4  仮に本件に前記約定の適用があり、原告に違約金請求権があるとしても、原告と被告らとの間の前述のような支配服従関係、被告らが解約申入をするに至った経過、原告の実損害の不明確さ等からみて、原告の本件請求は権利の濫用であって、許されない。

5  被告石井及び同先﨑勇の身元保証契約は、被告先﨑が宮城県内に先﨑支部(代理店)を設立した場合のためのものであり、先﨑支部設立が停止条件となっていた。

ところが、先﨑支部は不成立に終ったものであるから、右身元保証契約は無効である。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1項は否認する。

解約申入の制限に関する約定は、合意であれ、一方の当事者からのものであれ、解約すなわち将来に向って解除する場合の約定であるから、被告らの主張は失当である。

なお、解約申入書の提出に至る経緯についての被告らの主張事実(請求原因に対する被告らの答弁4項(一))は認めるが、受注件数四〇〇件を達成するという条件は、被告先﨑自身の提案によるものであり、同被告が右件数は軽く達成できる旨を原告に対し約束したものである。

2  同2、3項は否認する。

原告と被告らとの間の契約は、あくまでも継続的業務取扱契約、すなわち、当事者は自由対等であり、契約書記載のとおりに原告との間で特約店関係が生ずるという契約である。原告は被告らに対して固定給、賞与、旅費、通勤費など通常の被用者に対する給与を一切支払わず、受注件数だけによって報酬を定めていた。労働時間の定めもなく、出勤簿などもない。たまたま原告が不用意に「給料」「課長」との字句を表示したからといって、実体が雇傭契約に改定されるいわれはない。

そして、原告と特約店契約をした者が、出版物の受注業務、受注地域の把握、集金などの業務に精通してきたときに、原告との契約を解約し、独立して原告の同業者となったり、又は歩合報酬の上位の同業者に転職して、原告のノウ・ハウを売りつけたりする者が跡を絶たない。すなわち、業務上知りえた原告の未開拓地域において受注し、原告作成の注文者との契約書、領収書、宣伝チラシなどを冒用して原告のノウ・ハウを窃取し、原告発行の各種名鑑と要部において同一又は類似のものを作成発行して原告の著作権を侵害する者が跡を絶たないのである。

このような事情にある原告のような業界では、特約店との間の契約において、解約した場合に、相当な期間同一又は類似の業務に就業させないで、競争関係から一時回避させ、これに違反した場合には相当の違約金を課して、ノウ・ハウの侵害を防止し、併せて他の特約店による違反の発生を抑止しているのが実情である。

3  同4項は否認する。

被告先﨑についての身元保証契約は、支部設立の条件ではない。他の特約店は全員が契約の際に身元保証契約を締結していたが、被告先﨑だけが契約書を提出していなかったので、催促してようやくこれを差し出させたものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

また、請求原因2項の事実は、原告と被告西牧との間の契約締結日及び原告と被告らとの間の本件契約の法的性質を除いて、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、原告と被告西牧との間の本件契約は昭和五五年七月七日に締結されたものと認められる。

二  原告は、原告と被告らとの間の本件契約は雇傭契約ないしこれに近似する契約であるところ、本件契約における中途解約の制限に関する約定並びに競業避止義務違反及び転職勧誘避止義務違反による違約金に関する約定は、信義則又は公序良俗に反し無効であると主張する。

1  そこで、本件契約の法的性質について検討するに、《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(一)  原告の組織は、本社、支部(代理店)及び被告らのような特約店(外務調査員)からなっている。

本社は埼玉県に所在し、役員のほかに正社員が三名いる。これら正社員については拘束労働時間が定められ、給与は月給制で、賞与、時間外手当なども支給される。

支部は各地域の営業の拠点であって、支部長が置かれ、所轄の特約店の数が多くなった場合には、そのほかに支部長が特約店の中から支部長を補佐する課長を任命することができることになっている。昭和五八年二月当時、支部は千葉、群馬、茨城、福島及び岩手の五か所に設置されている。

外務調査員は支部に所属し、支部長は所属の外務調査員を指導、監督し、統轄する職務を担当している。被告らは、福島県及び宮城県を営業区域とする福島支部に所属していたが、同支部には全部で一〇名の外務員がいた。なお、昭和五七年当時、原告の外務調査員は全部で二五人位であった。

(二)  原告の業務は、戦没者の名鑑の予約出版等であるが、業務遂行の方法は、支部長及び外務調査員が顧客(遺族)を訪問して名鑑に掲載すべき事項を取材して戦没者の写真を受取り、原告が編集、発行する名鑑の予約注文を受けてその売買契約を締結するとともに申込金を受領し、取材した原稿によって原告が名鑑を編集、発行し、これを顧客に外務調査員が配本して残金を受取り本社に納入するというものである。

名鑑の作成についての基本方針は支部長が立案し、取材地域と当該地域において取材活動をする一定の期間を支部長が決定する。そして、外務調査員数名のグループが支部長の指示に従って毎日指定の場所に指定の時間(午前九時ないし一〇時)に集合し、支部長から当日の訪問地区の割当を受けて、それぞれ顧客を訪問する。朝の集会の際には前日の取材活動についての報告等もする。

労働時間の定めはないが、おおむね夕方六時頃まで取材活動をし、自宅又は旅館(出張した際には外務調査員は同じ旅館に宿泊する。)へ帰って原稿をまとめる作業をする。したがって、外務調査員は、原告の業務に従事している間は、他の仕事に従事する時間的余裕はない。そして、右の受注、取材活動は同一地域について数日間連続して行われる。

外務調査員は、受注をすると、取材した原稿、預った戦没者の写真を予約金とともに支部長を通じて原告の本社に送付する。発行された名鑑は支部長を通じて外務調査員に渡され、外務調査員はこれを受注先に届けて残金を受取り、支部長を通じて本社に納金する。

外務調査員は調査日報の作成を義務づけられているが、これには取材先、取材状況等が記載され、毎月五日と二〇日に支部長に提出しその決裁を得ることになっている。調査日報の一部は本社に送付される。

支部長は、二週間毎に所属の外務調査員全員についての個人別集計表を作成し、各外務調査員に配布する。右集計表には、外務調査員全員の受注数、出勤及び欠勤の日数、受注数の多少によって格付けされたランク等が記入されている。なお、支部によっては出勤簿を備えているところもある。外務調査員は、休日以外はほとんど休むことなく取材活動に従事する。右集計表は本社に送付される。

(三)  外務調査員の報酬は、本社から支部長を通じて支給されるが、その額は、外務調査員が原告に納入した金額の一定の割合であって、すべて歩合制である。なお、一か月に受注数が一定数を超え、かつ、一定の日数出勤した場合には、奨励金が支給される。固定給や賞与、時間外手当、扶養手当等は一切支給されない。

但し、課長には、支部全体の受注件数に応じて課長報酬が支払われる。

報酬からは、所得税の源泉徴収分が控除されて支給されている。

(四)  外務調査員からは、契約時に必ず身元保証人による身元保証書を提出させている。

2  右認定の事実によれば、外務調査員は、支部長を通じて原告の指揮、監督のもとに取材、受注業務に従事し、業務に従事する時間、場所、期間等についてもすべて支部長の指示に従って集団行動をとっているものであって、業務を遂行するについて自主性、独立性は全くないというべきである。

すなわち、被告ら外務調査員は原告に従属する関係にあることは明らかであって、原告と被告らとの間の法律関係は、少なくとも実質的に労働契約に近似する契約関係であるということができる。

3  ところで、労働基準法一六条は、使用者に、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をすることを禁止しているが、その理由は、このような制度は、ともすると労働の強制にわたり、あるいは労働者の自由意思を不当に拘束し、労働者を使用者に隷属させることとなるので、こうした違約金制度や損害賠償額予定の制度を廃止し、労働者が違約金又は賠償予定額を支払わされることをおそれて心ならずも労働関係の継続を強いられること等を防止しようとするにあるものと解される。

本件契約における義務違反の場合の違約金を定める約定は、いずれも、契約の不履行についての違約金を定めるものないし損害賠償額を予定する契約にほかならないが、本件契約は少なくとも労働契約に近い実質を有するものであり、原告の指揮、命令に全面的に服し、原告に従属している関係にある被告ら外務調査員が、右違約金制度によってその自由意思を抑圧されるおそれがあり、また、契約終了後の競業避止義務を定める特約のために、違約金の負担をおそれて原告の同業者への転職を差し控え、原告との契約関係の継続を強いられる可能性もあって、人格尊重の見地からは問題があることは、純然たる労働者の場合と何ら変わるところはない。

他方、本件契約において違約金制度を設けなければならない合理的必要性は見出し難い。競業避止義務や転職勧誘避止義務を負わせることには一定の限度において合理性が認められるとしても(もっとも、原告に業務上の秘密といいうるようなものが存在するか疑問であることは後に認定するところであり、しかも業務上、経営上の機密を知る立場にはない被告らのような外務調査員について、秘密の漏洩を防止する目的で競業を禁止し、あるいは同業者への転職を防止することに合理性があるか疑問である。)、右義務に違反した場合には原告としてはそれによる実損害を賠償請求すれば足りるのであって、実損害の額にかかわりなく予め違約金を定めておく必要性はないと考えられる。

そうしてみると、本件契約における業務違反の場合の違約金についての約定は、少なくとも労働基準法一六条の趣旨に照らし、無効であるといわざるをえない。

そして、右業務違反による実損害については、原告は何ら主張、立証するところがない。

三  右のとおり、競業避止義務違反及び転職勧誘避止義務違反の場合における違約金についての約定は無効であり、原告は右義務違反による実損害は何ら主張、立証しないのであるから、原告のこの点に関する主張は、既に右の理由によって失当であるが、更に、被告先﨑及び同西牧の行為は、転職勧誘避止義務違反には該当しないものと認められる。

1  本件契約における転職勧誘避止義務に関する約定にいう「そそのかし、勧誘」には、同業者への転職及び独立開業についてのあらゆる勧誘行為が含まれると解するのは相当ではない。

原告の外務調査員は、原告の同業者における待遇等について自ら聞知することもありうるし、また、同業者における待遇は格別秘密にされている訳でもないであろうから、興味があれば調査をしてこれを知ることもできるのであり、かつ、より勤務条件の良い業者のもとで働こうとするのは事理の当然であるから、右約定は、単により良い条件のもとで勤務ができるから転職をしたらどうかというような勧誘をするにとどまらず、右のような勧誘以上のより強力な働きかけをした場合(例えば何らかの利益供与を約して勧誘するなど、特別の手段、方法を用いた場合)をいうものと解するのが相当である。

2  ところが、被告らから右のような働きかけがあった事実を認めるに足りる証拠はなく、《証拠省略》は、いずれも、被告先﨑あるいは同西牧から、原告よりも良い条件で待遇するから転職をする意思はないかとの話があったというにすぎないから、仮にこのような事実があったとしても、前記約定には違反しないものといわなければならない。

3  したがって、被告らに転職勧誘避止義務に違反する行為があったものと認めることはできない。

四  次に、被告らに守秘義務違反の行為があったか否かを判断する。

1  原告が営業上の秘密を指定し、これを被告らに告知したことについては何ら原告の主張、立証がない。

原告は原告における営業上の秘密として、受注未開拓地域がその一つであると主張する。しかし、《証拠省略》によれば、取材地域を決定する際には当該地域の遺族会長等を訪問して情報を得たり、協力を求めたりしていることが認められ、また、取材、受注活動は穏密裡に行われるものでもないから、原告がどのような地域について受注活動を開始するかは、格別秘密事項であるとはいえない。しかも、前記認定のとおり、取材地域は支部長が決定するのであるから、原告が将来予定していた取材地域を被告らが予め知っていたとは考えられない(原告代表者は、支部長は取材地域についての予定を外務調査員に話すことがあると供述しているが、本件においてこのような事実があったことを認めるに足りる証拠はない。)。

次に、原告は、原告作成の注文者との契約書、領収書、宣伝チラシ等は原告特有のノウ・ハウであると主張するが、原告がこれらの書類の書式、内容等について特別の工夫をしていることを認めるに足りる証拠はない。

更に、原告は、原告の作成している名鑑の前付け等に独創性があるかのように主張するが、《証拠省略》によれば、右名鑑の内容、体裁等には何ら独創性はなく、何の変哲もないものであるといわざるをえない。

したがって、原告には営業上の秘密と目すべき事項が存在するものとは認められず、したがって、被告らが同業者に転職したからといって原告の営業上の秘密を漏洩したことにはならない。

2  なお、守秘義務違反について違約金を定める約定が無効であることは、他の違約金についての約定と同様であるから、この点からしても原告の主張は理由がない。

五  以上述べたとおり、被告先﨑、同西牧、同安田及び同遠藤は、いずれも原告主張の違約金の支払義務を負うものではないから、右被告らの身元保証人であるとされているその余の被告らに対する請求も理由がない。

六  よって、原告の被告らに対する請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎秀一)

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